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「なから」感動する本

最近聴いてんの・・・

2004.02.15~18バリ島

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    2004.02.15~02.18と4日間、インドネシアのバリ島に研修旅行で言ってきました。実質3泊でしたが、ウブド・コマネカリゾート2泊、ヌサドゥア・アマヌサ1泊と言うスケジュールでしたが、アマンリゾートのアマンダリ、アマンキラ、フォーシーズンホテルのサヤンなど代表的なスモールラグジャリーホテルを見学することもできました。極めてまじめな研修旅行でした。

お祝いごと

7月16日、17日にお祝いごと(披露宴)が当館で行われました。わかだんなも裏方でスパークリングワインを注ぎました。シャンパン、スパークリングワインを注ぐグラスは今はフリュートグラスが主流ですが、従来のシャンパングラスも宮中晩餐などには多く使われているようです。シャンパングラスの形はフランス革命時の王妃マリーアントワネットの?のサイズで拵えられているそうです。いずれにしましてもおめでとうございました。

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赤谷湖の上から撮影

赤谷湖の上から撮影

 5月14日(日)、新緑の季節の当館の写真をこのところ撮影を続けてお願いしているプロのカメラマンのTさんが来館。昼前に露天風呂の撮影を済ませ、午後は湖の上に出て当館の全景写真の撮影をすることに。Tさんと二人で観光ボート場から、有料(一時間1000円、モーター付き・運転手付きは15分3000円)手漕ぎボートを借りて湖上へ。私は生まれて初めて、手漕ぎボートのオールを握って湖の中央に「LAW LAW LAW YOUR BOAT」とばかり、漕ぎ出した。

 かなり調子良く進んだのはいいが、北風に流されてボート場からかなり遠くに漂流。Tさんに不安感を悟られないように、妹の住んでいる近くにある戸田のボート場の話題などをふって平静を装い、必死に強風に向かってオールを漕ぐ羽目に。

 なんとか強風もおさまり、必死のオール操作のかいもあり、無事にボート場にご帰還した。入れ替わりにアベックがスワンの足漕ぎボートを漕ぎ出していった。次は3000円払っても、モーターボートをチャーターしてもっと気楽に撮影したいものだ。

民話と紙芝居の家

 この四月に地元の高校からわが社に入ってきた二人の生徒の試用期間がはじまっています。この二人に仕事を教えるにはそうすればいいのか、おかみに相談しようと文学館に行ったら、「民話と紙芝居の家」に行っていると言われたのでその足でまんてん星の湯のとなりにある「民話と紙芝居の家」に向かいました。そこでは地元の子供たちを集めた民話の教室が行われていました。おかみは囲炉裏の部屋で子供達の民話の話を聞いて、話した子供に感想を言ったりして指導していました。邪魔をしてはいけないと思い、その場を離れました。夕方旅館におかみが戻ってきたので、相談するとするすると研修会のスケジュールを書いて、17日から三日間でやることに決まりました。

↑の写真はそこにあるのぞきからくりです。いっぺんに五名の人がのぞくと物語が見られる仕組みになっています。

↓は同じく展示してある絵巻物です。「竹取物語」の絵巻物を物語りにしたがって読んでいくことができる装置になっています。

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駅からハイキング

10月8日は後閑駅の駅からハイキングでカッパ広場で植樹と猿ヶ京赤谷湖畔のハイキングのお手伝いででかけました。しかし、受付はイベント会社のスタッフが揃っていたので、なにもやることがありませんでした。しかたないので、ころあいを見て帰りました。

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新治村閉村式

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 平成17年9月25日(日)。猿ヶ京温泉でんでこ座三国館にて、午前11時より新治村閉村式が行われました。10月1日にわが新治村は隣接する月夜野町、水上町と合併して新生『みなかみ町』に生まれ変わります。そして今日はこの新治村の97年に及ぶ歴史に幕を閉じる式典が催されました。

 緊張した面持ちの河合助役による開式の言葉に続いて、早速鈴木村長の挨拶があり新治村の開村から今日に至るまでの歴史をひも解き、農業と観光の村として知られるまでの経緯を村のトップらしい堂々とした閉村の演説でした。

 続いて村議会から演説の上手さでは定評のある戸田議長の挨拶があり、内容的には村長と同様の歴史的経緯を述べられたのですが、時おり文学的な表現を散りばめた格調の高い演説となり、拍手も大きかったと思います。

 続いては小寺群馬県知事の挨拶だったのですが、所用とのことで田中利根沼田県民局長による代読となりました。内容はあまり記憶に残らない官僚的なものだったと思います。

 続いて星野沼田市長によるの声の良く通り且つ、名文調の挨拶がありました。聞きやすい挨拶なのですが、何となく選挙演説の檄文調の感じを受けました。

 来賓の挨拶の最後は小野里県会議員の挨拶でしたが、けれん味のない、原稿を読まずにたんたんと語りかけるような、非常に人柄が表れた感動的な挨拶でした。社会資本が整った新治村の経験を新町でも生かして欲しいとのお話でした。

 来賓の紹介のあとは功労者の表彰があり、一段落ついたところでアトラクションとなりました。ヴァイオリン演奏者の高橋和歌さんによるヴァイオリンの独奏がありました。曲目は「さくら」変奏曲、「じょんがら節」、「宵待ち草」、「ふるさと」などの日本人の耳に聞こえやすい伝統曲をヴィオリン用にアレンジしたもので、一流の演奏をうっとりと聞かせていただきました。普段三国館で行われる洋楽クラシックの演奏会は聞き手側が慣れないために成功したことはあまりないのでしたが、今日は皆うっとりと聞き惚れて、素晴らしい演奏者と聞き手のコンサートになりました。

高橋和歌さん:http://www.hpmix.com/home/violin/T1.htm

 続いては新治中学校の生徒による、「赤とんぼ」と「新治村の歌」の合唱。「赤とんぼ」の合唱の出来は?でしたが、高橋さんの独奏の部分もあり、辛うじて面目を保ったと言うところ。「新治村の歌」は会場の出席者も一緒に唄いました。私も唄いました。

 最後に村長と議長による、村旗を降ろす儀式があり、白い手袋をした二人が村の旗を桐の箱に収めました。

 全部で1時間10分ほどの式典でしたが、立派な内容で村の最後を送ることができました。

着ぐるみ猿軍団・TV出演

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 8月2日(火)、われわれ新治村観光協会青年部6名は地元テレビ局に8月6日、7日両日に行われる第17回・にいはる夏まつりの宣伝活動に出かけました。収録は背景がガラス張りのスタジオの中でおこなわれました。これまでの恒例で、青年部員は猿の着ぐるみを着て参加しています。普通の服の上に猿の着ぐるみ、その上に半纏を羽織るとかなり暑くなり、皆汗だくになって収録しました。私は着ぐるみは勘弁して貰いました(「猿ヶ京に生まれたんだから、あきらめろ!」と言われましたが、「俺は前橋生まれなんだ」と言い返して納得してもらいました。男らしゅうない・・・(;^。^A アセアセ・・。)

 祭の主な説明は天性の「弁士」Sちゃんが担当。たまにIさんが喋り、この二人が主に喋りました。「暑さ対策は何をしていますか?」と問われて「皮を脱ぎます」とまじめにIさんは答えていました。私は他の4名と一緒に後ろに立っていました。

 最後に一人づつコメントを求められました。私は一番最後に、コメントを述べました。「お祭りが終っても、源泉かけ流し温泉が自慢の猿ヶ京温泉に来てください」とかなんとか。ところが、鼻かぜを引いていたので、すごい鼻声であとでビデオを見てがっかりしました。

カッパ地蔵安泰祈願祭ー2

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暑い中、袈裟をまとったお坊さんの向こうでは、参列した村会議員や関係者の焼香とカッパ地蔵4体へお水をひしゃくでかけているところです。

このあと、村長やご来賓の挨拶があり、閉会後、直会(ナオライ)がありました。

われわれ、観光協会青年部員はネクタイ、背広を猿の着ぐるみに着替えて、Eボート大会に参加しました。結果は最下位 o(〃^▽^〃)o♪盛り上げが評価されてか、特別賞を受賞しました。

その後はまた例によって「F」で打ち上げでしたo(^∇^o)(o^∇^)o !。

カッパ地蔵安泰祈願祭ー1

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 平成17年7月31日午前11時から、猿ヶ京カッパ広場において、カッパ地蔵への祈願祭が行われました。わたしも新治村観光協会副会長として参列しました。このカッパ地蔵は切り絵師の石田良介先生のデザインによるものです。石田先生は失われ行く、東京上野谷中の風景を切り絵に残し、谷中の活性化につくしている人で、沼田高校出身の方です。

 カッパ地蔵は最初は一人?だけだったのですが、後に3人?加えられて4人家族になりました。名前もおとうさんが新太郎(慎太郎の方が団塊の世代には受けるかも・・・もしや、あの中村タマオ旦那のことか?その当時は☆ンツに○やくを忍ばせてたが・・・)、お母さんが治子(と言う思い浮かぶのは加藤治子)、長女が温子(これは浅野温子の影響か?)、長男が泉!(川古のあにやんや、法師、猿ヶ京にも多い名前です。)合わせて「新治温泉」と言う、公募したとしては出来すぎの、出来レースで決まったような名前です。

「だいたい菩薩様に名前をつけて良いのだろうか?(^^;」

 地蔵菩薩と言うことで、仏式で祈願祭は行われました。この一年、水難事故からの無事を祈りました。新治村としては、これが最後の祈願祭になりました。

このカッパ地蔵のもとになった話しは、相俣の笛木操さんから、うちのおかみが採話した「河童のくすり」と言うお話です。

http://www.sarugakyo.net/kamishibai/furoku/furoku2.html

ご参考まで。

㈱高崎松風園見学2

高崎松風園さんの素敵なお庭の中の、アウトドア、特設会議場での講演会。蝉の声やとりの声を聴きながら、社長さんや造園部長さんのお話をうかがいました。

「ドライブイン、レストラン、結婚式場、外空間を整える経営者は成功している。」

「庭の意味とは、1、農作業等、実用のため、2、心を癒して行く、3、おもてなしをする心」

「真心を持って仕事をしよう。」本気で仕事をすれば誰かが助けてくれる。」

息子さんで、入ってから5年目の造園部長さんからは、後継者としてのお話を伺いました。

ありがとうございました。

お話にあとはちょうどお昼時、スタッフの方手作りのカレーと社長さん手製のブルーベリージャムの入ったヨーグルトでもてなしていただきました。会わせて御礼申し上げます。

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㈱高崎松風園見学1

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 7月19日(火)。新治村観光協会、商工会共同による㈱高崎松風園(山口俊彦社長)さんの見学会がありました。実際に社屋を訪ねての見学会だけに講演にも説得力がありました。場所は高崎市八幡原町(群馬の森北入り口東100M)です。

ほのぼの群馬ハイウェーキャンペ-ン2

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 場所は上里サービスエリア下り線のトイレの前だったのですが、8時半から始めてすぐに終りました。1等は猿ヶ京温泉の宿泊券。3等のヨーグルトが好評でした。

ほのぼの群馬ハイウェーキャンペ-ン1

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上里サービスエリアで抽選会を行いました。結構猿ヶ京温泉て知っている人が多くてうれしかったです。今日、まんてん星の湯に来る予定の人もいました。

まるごと群馬デー 3

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新治村のブースです。今回は県民局単位にブースが設定されました。水上町、片品村等と一緒に宣伝しました。こちらはパンフレットのほかに農村公園公社のヨーグルト48個も持参してゲストの皆さんにお配りしました。

 後ろの柱がフランク・ロイド・ライトの旧本館のデザインを取り入れています。

まるごと群馬デー 2

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会場にはかわいい2頭のゆうまちゃんが、花を添えました。

またNHK朝の連続ドラマ小説「ファイト」に出演俳優の児玉清さんもお見えになりました。やっぱり俳優さんはわかわかしくて、とても疎開世代とは思えませんでした。

まるごと群馬デー 1

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 7月12日(火)帝国ホテル孔雀の間にて群馬県主催の「まるごと群馬デーPARTⅣ」が行われました。新治村観光協会青年部からも7名が参加しました。写真は抽選会の壇上から、会場を写したものです。

 孔雀の間は旧ライト館のデザインを随所に生かしたホールで伝統の趣きを感じさせてくれる佇まいでした。

 今回は当然のことなのですが、受入れスタッフ側の飲食はゲストに勧められない限り、厳禁と言うことが厳しく言い渡されました。午後6時半の終了まで、働きました。

観光活性化セミナー

6/23 新治村商工会主催 第4回 観光活性化セミナー

演題 「お客様から商売のヒントをいただく」

内容 3名のパネラーから意見聴取

1、県内T市造園業の社長さん

・造園の仕方が自然を生かした形に変わってきた。フラワー博で受賞した。

・このところ、結婚式場などからの依頼が多い。

・敷地いっぱいに駐車スペースを取るレストランよりも、自然を取り入れた駐車場を持つレストランの方が流行っている。

2、県内T市の学習塾経営の社長さん

・成功している旅館の社長さんに教えを請い、経営に取りいれている。

・先生方は商品なので職員室もガラス張り。

・生徒を感動させるために、階段をTDLを造った業者に発注。

・塾はイベント会社。

・月に一回業績を発表し、7~8時間社員研修をする。教育理念をはっきりさせる。

・毎月売上、成績をパワーポイントで説明する。

・平均年齢が30代前半なので体育会系の乗りの社風を作っている。

3、地元T信用金庫O支店長さん「融資したくなる会社とは」

・16店舗、地域貢献がモットーの信金である。

・将来にビジョンがある。

・計画を文書にすることによって明確化してくる。ウィークポイントが分る。

・①資金使途、②保全、③返済財源であるが、②と③が足らない時は将来のビジョンを熱く語ってもらいたい。昔は②、③がないとだめだったが、今は「目利き」と言う講習を信金の方でも受けている。

・「資金が足らなくなった」と言うだけの経営者には貸したくない。

(以下ここに赴任して8ヶ月経過した上での提案)

・猿ヶ京ではコスモスを植えているようですが、田んぼにレンゲを植えたらどうでしょうか。

・「うだっぱら」は花を植えたらどうですか。

・花は期間が短いが、その間隙を埋めるのは文化が重要です。

・「みなかみ町」が発足するのに若山牧水の話してくれた経営者はいない。

・同様に与謝野晶子の話をしてくれた経営者もいない。

・猿ヶ京は上杉謙信ゆかりの地なのだから、もっと宣伝すべきである。

*若だんなのひとりごと

・一般の経営者からの旅館への要望は多いと思います。

・すべてのニーズに答えようとすると、おかしくなって来ます。

・僭越ながら顧客の絞り込みも必要かと思います。

・造園の話は「さもありなん」です。黒川温泉の後藤さんの話からも立証されます。

・学習塾で環境に配慮したとはびっくり。

・残念ながら「レンゲ」の花がわからない。勉強不足です。

・若山牧水の話をしていいなら、いくらでもしますよ。金融機関の支店長は文化的なことばっかり言っていると、危ない経営者の範疇にいれられるかと思ってました。まあほどほどに。

*この後、観光協会でS造園に視察に行くことになりました。

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地域ブランド作り事始

品川のパシフィックホテルで6月14日に行われました。

実行委員会会長の木村尚三郎先生の基調報告から、

・ワインを売っていても地元の人が楽しんでいるワインでなければならない。(観光用はつまらない)

・ITは頭から上しか刺激しない。

・「地産地消」と言うが、土地のとれたての新鮮さと都会的なセンスが組み合わさったものでないといけない。

・あの「おわら風の盆」も若柳流について習ってから、洗練されたものになった。

・裏通りの道が大事。人間の肩幅の道が安心。八百屋、パン、チーズの店。(パリ)。

などのお言葉が参考になりました。

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三国路与謝野晶子紀行文学館総会-1

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第17回三国路与謝野晶子紀行文学館の総会が6月12日に猿ヶ京ホテルで行われました。今年の予定としては「晶子・ファンタジーの世界」展を8月以降に開催する予定です。また三国峠ハイキングも再開する予定です。

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土曜民話学校(NPOにいはる子供文化塾)のこども達による民話の語り。

利根西部3町村観光振興等活性化委員会

 この「利根西部3町村観光振興等活性化委員会」とは10月1日に合併して新みなかみ町になるのにあたり、「観光により地域の振興を画すとなると、時間的ロスや遅滞は許され」ず、「効率的に観光を軸とした地場産業を活性化に向けて推進し、地域の振興を実現できるように、観光等の事業発展のためのシナリオを用意することであり、それを実現するための行政の役割、公的な団体の役割を検討する」ことを目的として設置されました。

 第1回の委員会が6月9日(木)に月夜野町農村環境改善センターで行われました。

 メンバーは有識者・アドバイザー、民間有識者、町村長、町村議会議長、行政担当者などの合計31名です。不肖、私、若だんなも「やる気を買われ?」委員として参加させていただきました(^_^ *)( *^_^)アレ。

 第1回は9:00からはじまったのですが、挨拶や趣旨説明、現状把握に時間を取られ、ブレーンストーミングが始まったのが、10:25。終ったのが11:30。民間有識者が各自、一言づつしか発言しましたが、発言の機会なく終ってしまった人もいました。

 すくなくとも、代表的な問題点の抽出は出来たと思われます。次回は7月1日の金曜日にまた月夜野農村環境改善センターで9:30から行われます。

旅行作家の会年に一度の大集会

 旅行作家の会とは…
 旅行作家の会は昭和43年(1968)に結成された プロライターの集まりで「旅行作家」という名 称をはじめて考案使用した会であります。

 6月7日(火)池袋・ホテルメトロポリタンでこの旅行作家年に一度の大集会が行われました。

 第一部 講演とシンポジューム「旅館の料理について」

 講演は「日本人の食と今なぜ山野草か」を元共同通信記者で山野草研究家の篠原準八さんが

 パネルディスカッションは5名の旅館のパネラーにそれぞれの旅館の料理について語ってもらう趣向。

 海の魚、海草、塩、山の山菜、獣肉、農作物それぞれ語られた。

 山梨の旅館の人が「この春は鹿が昨年山の笹が全部枯れてしまったせいで、山菜を全部食べてしまった」「鹿の毛が全部抜けてしまう奇病が流行っていて、しとめた鹿の半分は料理に使えず、穴を掘って埋めなければならなかった」と言われたことが、恐ろしいこととして印象に残りました。

 第二部 懇親会では、またS温泉観光協会のMさんに会いました。Mさんは東京での催し物には全てと言ってほど参加しています。熱心ですね(^^;)。

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旧三国街道(治部歩道)合同視察-4

 大般若塔から法師温泉まで国道を突っ切って下っていく道を通称「九十九曲がり」と言います。この道もブナ林が保存されているいい道です。

 ゴールの法師温泉では玄関先に冷水でラムネが冷してあり、T氏のご好意で喉を潤すことが出来ました。

 治部歩道(新道)は明治時代に猿ヶ京の住民が永井の宿が三国街道の要所としてあまりにも繁栄していたために、そこを通らずに直接三国峠に出られる道を開削したと伝わる道です。 

言わば「明治六年の地域活性化策」だったわけです。今回はその「治部歩道(新道)」の跡を辿ってきたわけですが、そう思うとわれわれのご先祖様たちの苦労がしのばれて感慨深いものがあります。

 行程を歩いてみての感想は、林間コースが殆どで、開けているところは上の山の鉄塔付近のみです。景色を楽しむコースではありません。ただ、植生の変化や炭窯の跡、動物の痕跡、林業の営みなどを観察してながら歩くには良い道だと思いました。

なお、この様子は左のフォトアルバム(2005.05.28旧三国街道(治部歩道))にも収録してありますので、よろしかったらごらんください。

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旧三国街道(治部歩道)合同視察-3

標高1,000Mを越える位からミズナラの雑木林からブナ林に植生が変わって来ます。

そのブナ林を下って行くと大般若塔のところにでます。ここまでの道のりがだいたい明治時代(明治6年)に猿ヶ京の村人達によって開削された「治部新道(歩道)」のあとです。

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旧三国街道(治部歩道)合同視察-2

最初の上の山までの急坂は、かなりきつい登りとなっており、ピクニック気分の支度では、はっきり言ってやばいです。登山用の仕度(ズボン、登山靴、ストック(杖)、虫除け、帽子)が必要になります。

この急登の後の行程はおおむね、ながらかな林間の山道が続きます。

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旧三国街道(治部歩道)合同視察-1

 猿ヶ京から旧三国街道の途中、大般若塔に抜けるルート「治部歩道」を視察する赤谷プロジェクト地域協議会主催の催しに参加しました。猿ヶ京なんちゃって山岳会のメンバーから4名の有志が参加し、その健脚を披露しました。行程は猿ヶ京温泉の奥、牧草地跡(うだっぱら)のところから上の山、唐沢山の山中を進み、旧三国街道の大般若塔のところ出て、そこから九十九曲りを法師温泉、準会員?のT氏の宿までと言う4時間強の道のりです。

 写真は出発点の旧牧草地(うだっぱら)を上から見た光景です。昔はここで小学校のスキー教室が開けれ、お昼には本格的なジンギスカン料理を楽しむことが出来ました。右奥のピークは吾妻耶山になります。

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旅の日

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江戸時代の元禄2年の3月27日(旧暦。新暦に換算すると5月16日と言う。)、松尾芭蕉は奥の細道の旅に出発したと言います。『月日は百代の過客にして行き交う年も亦旅人なり。(ツキヒハ ハクタイノカカクニシテ イキコウトシモ マタ タビビトナリ)』

この漢学の教養のひけらかし感がたまりません。

日本旅のペンクラブの「旅の日」の会に参加してきました。場所は池袋はメトロポリタン。爽やかな5月の風に吹かれながら会場いりし、大いに語り、飲んで参りました。

芭蕉の奥の細道はあまりにも有名だが、高校の古文の教科書で習った時から漢文調の教養主義が鼻について、好きになれませんでした。松島、象潟、山寺とその後を訪ねたこともあるが、暗く重い壮絶な印象しか残っていません。

逆に姫神せんせいしょんの『奥の細道』は大好きでCDを何回も聞いています。文学を理解するのも年季が必要のようだし、時代が変われば当然、理解出来ない感性があるのかも知れません。「芭蕉が・・・」などと言うといかにもアカデミックに聞こえ、なるほどなるほどと来るが、その奥の細道の旅の本当の心境はわかっていない人が多いのではないでしょうか。あの距離を徒歩で歩くことに牧歌的なのどかな姫神の演奏する「奥の細道」のイメージが思い浮かぶのですが、本当は野ざらし、行き倒れ覚悟のどちらかと言うとこの世とあの世の境をさまようような、陰惨な旅ではなかったでしょうか。

以上がぼくの「奥の細道」に抱いている気持です。

この「旅の日」の会のイベント自体は、とても有意義な会で出来れば来年も参加したいと思います。

猿ヶ京代々神楽、ミラコスタで踊る!

5月12日(木)東京ディズニィー・シーに隣接するホテルミラコスタで、日本旅行のワークショップがありました。このワークショップとは日本旅行の社員や提携販売店の店員に対して宣伝することです。群馬県を代表するアトラクションとして猿ヶ京に伝わる代々神楽が演じられました。演目は大黒様とひょっとの動きがユーモラスなお神楽です。演奏も太鼓と笛の生演奏で本格的な神事として厳かな中にも、面白みのある催しものになりました。この神楽は明治時代にこの地方に伝わったもので、演じることが出来る家も決まっていて、生津、田村、林、笛木などの家の者だけが演じることができます。

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新治村観光協会通常総会

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新治村観光協会の通常総会が4月26日、コープシャトウ猿ヶ京で行われました。事業報告、決算報告、事業予定案、収支予算案の承認、役員改選も終始なごやかな雰囲気の中、終了しました。お疲れ様でした。

安中榛名のふるさとの森づくり

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向かって左の写真が当館前の斜面です。この斜面を「緑多い昆虫の森にしたい」と色々と計画しているのですが、宮脇昭先生の『いのちを守るドングリの森』を読み、JR長野行き新幹線の安中榛名駅の前のびょうヴェルジェの造成地にできた斜面をポット苗で植林したことが書かれていたので早速行ってきました。植林後三年たったのが右の写真です。冬と言うこともあり、葉が落ちていたので何となく侘しい感じがしました。またグリーンシーズンに機会を見て行って来ようかと思います。ご覧の通り斜度も似たり寄ったりなので、うちの前の斜面でも出来ないことはないと思いました。

わたしの仕事場

pic_0185最近机まわりを模様替えしました。風水の感覚を取り入れてみました。