旅館の玄関先に咲く、さるすべり(百日紅)の花。花言葉は「雄弁」。
さるすべりの木は表皮が猿が滑り落ちるくらいすべすべしているので名づけられました。陶芸家の間では、ろくろ整形の時に使用するへらの材料に良いと言われています。
今から30年ほど前に、旅館の従業員食堂(劇場を買収、改造した)の前に生えていたさるすべりの木を津軽から来た人達(津軽三味線と太鼓の奏者)が伐って、乾燥させへらにしたをふと思い出しました。当時は陶芸小屋もやっていました。陶芸は月夜野焼の二代目福田祐太郎先生の指導を受けていたのですが、福田先生は九州伊万里の稗古場の出身で、道具は磁器の道具でした。従ってへらも陶器で使わない牛の舌のようなへらを使っていました。そのへらで電動ろくろで粘土を整形するときに、筒状に伸ばすときに使用します。陶芸小屋は閉鎖して5年くらいになります。今、陶芸はたくみの里の陶芸の家をご紹介しています。指導する井草先生はたくみ会の会長もやっており、ろくろの名人です。

今朝、三国山で撮った山あじさいです。こちらは野性のあじさいですが、色とか、里のあじさいとぜんぜん違い、凛とした感じを与えてくれます。

玄関先の緋毛氈の上に生けたホタルブクロです。花の形がちょうちんに似ていることから、ちょうちんの古語が火垂だったことから名づけられました。または中に蛍を入れたという説があります。色は写真のような白から薄紫までさまざまです。この季節道端や土手、林の縁に良く見かけます。
花言葉は「正義」「貞節」「愛らしさ」「忠実」だそうです。

ちょっと、どっきりする形ですが、コブシのこぶの多い集合果です。もっとたつと袋果が裂けて、赤い種が出てきます。強い生命力を感じます。場所は猿ヶ京の私のうちの中庭です。

中庭のユリが咲きました。この辺りの崖地に生息するユリの花は初夏の白眉です。恋する女の人のために、多くの男達がこの花を取ろうと岩崖に挑み、命を落としたと言われています。ユリの花もその姿形が男を惑わせる魔性の花のような気がします。
越中、富山の山奥には「クロユリ」が生えていて、戦国時代に佐々成政が豊臣秀吉の妻北の政所に献上したと言う伝説が伝わっています。北の政所はこれを珍重し、ことの他喜びました。しかしこれを見た秀吉の側室淀殿は実家浅井氏の旧臣に命じてこのクロユリを沢山取り寄せ、目立つところに北の政所に「こんなものは珍しくない」とばかりに投げ捨てました。北の政所は面目をつぶされ、成政はこのことがあだになり、肥後の国に左遷され、一揆の鎮圧に失敗して切腹して果てます。
ユリはそれ自体が意思を持つように人間を数奇な運命に導いていく力を持っているのかも知れません。

夏椿(なつつばき)シャラノキとも言います。中庭に咲きました。

今年のつつじは特にきれいです。湯の町の猿ヶ京ホテルの中庭に咲くつつじもきれいに咲きました。
「~躑躅ヶ崎(つつじがさき)の 月さやか うたげを尽くせ 明日よりは~」
思わずうたってしまうのは商売柄?これは山梨県の民謡、武田節の一節ですが、武田信玄の館があった『躑躅ヶ崎』と言う地名も漢字が難解でけったいな名前です。

6月5日(日)は新治村主催による平標山開きの日です。忙しい日曜日の午前中にもかかわらず、昨年に引き続き行ってまいりました。但し、新治村観光協会の本隊には加わらず、朝早くからの単独行で行ってきました。
ルートは国道17号沿いの駐車場から、すぐの松手山登山道の急登を登り、いっきに標高差約1,000メートルの平標山頂を目指すと言うもの。
この石楠花は山頂手前のなだらかなガレ場に咲いているものを撮りました。
5:55に出発して、山頂に着いたのは8:45でした。2時間45分を要したことになります。
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